前記事からの続き。後半。
KERA いやもうなんか、結局、自分が芝居で言っていることは、例えば、人生は悲惨だっていう一方で、人生は素晴らしいっていう、なんか常に二つのことなんですよね。だからハッピーエンドなのかアンハッピーエンドなのか、わからない芝居が多いんだと思います。だけど、一つの正解があるわけじゃなくて、見方次第なのか。芝居のなかでは、すごく矛盾したことがいっぱい起こっていますよね。どれがほんとかもわからなくしてあるし。
長谷部 笑いに話しを戻して行きたいと思いますが、最初、「ラジカル」の笑いみたいなところから、始まったとおっしゃったんですけが、やっぱり、当時80年代は、「笑いなくして何の演劇か」みたいなところがありました。今は、別に笑いが無くても成立する、そういう芝居もあると公認されている。でも一方で、笑いを全く消しちゃったら、どんどんお客が減っていくのも確かだろうと思います。
KERA そうそう、制作は、ドシリアスなのはやめましょうって言ってますね。カフカズディックとかは実際、カフカっていうモチーフ自体が、客を呼ばないもので、あんまり入らなかったですね。笑いは必要不可欠っていう風潮は、今もありますよね。ただね、80年代の笑いと比べると、相当変わってきてるんじゃないかな。別に演劇が貢献したわけじゃないくて、どっちかっていうと漫画とか、テレビのダウンタウンの影響で。当時の演劇の例えば「第三舞台」の笑いはやっぱり、程度低かったと思うんですよ。なんか大学生みたいな。だからやっぱり、モンティ・パイソンとかに慣れていると、これでいいのかって思いましたよね。で、鴻上さんと対談して、険悪になったりとかしましたから(笑)こと笑いに話が及ぶと険悪になって、別の話にしましょうって。
長谷部 劇団☆新感線のいのうえひでのりの笑いはベタなんだけど、あれはあれで定番のおもしろさがあると、よく思います。実際、笑いますしね。
KERA やっぱりベタなものは、古典ですから、もう演じ方ひとつなんですよね。ベタなものほど、うまく演じないと笑えないでしょ。だから劇団☆新感線の人たちって、そこ鍛えられてますよね。うちの人間だと恥ずかしくて出来ないようなこととか、思い切ってやるから、やっぱ、ズッコケひとつでもかっこいい。そういった演じ方とはまた別のところで、笑いの発想が成熟してきてるなっていうことは感じますね。成熟っていうか、この先もう行きようがないなっていう、どん詰まり感も感じますけどね。つまりもう、ナンセンスギャグが、ナンセンスすぎて、一回転しちゃってるんです。(中略)10年前より観客の頭が笑いに対して肥えてるんじゃないかなと思いますね。でも、それ行き過ぎると、もうほんとになんだかわかんなくなってきちゃいますからね。ここに椅子があるだけで、おかしくなってきたりとかしますから(笑)
(中略)
KERA 役者も笑いに持って行くのがうまくなってますよね。昔よりも。昔、俳優は、もっと強引さしか持ってなかったような感じだったから。声はでかかったしね、演劇の人は。筧さんとか、「おれはなんとかじゃないんだぞぉーっ」とかね(笑)今、その言い方じゃリアリティないだろうみたいな演技ですが、結構、お客は笑ってましたよね。今ちょっとある意味厳しい、クールですよ、お客さん。入れないとずっと入ってきてくれないし。
長谷部 そういう意味では、本当にはじけるような笑いって、少なくなって来てるのかもしれないですね。爆発させる笑いは、むしろ作りづらくなってるんでしょうか。
KERA 作りづらくなっていますね。(中略)なんか一同大爆笑っていうことを目的に作っていくと、マニアックなとこがどんどん減ってって、最大公約数的な笑いになっていきますよね。
長谷部 三谷幸喜さんの舞台のようになっていくことになりますね。
KERA 感情移入から入っていくから、シチュエーションコメディには最大公約数的な笑いが多いです。みんなが、あ、かわいそうだなって思ったり、あ、一幕では駄目だったこの人が二幕でうまくいった。はい、笑いというような作り方ですね。それにおかしいっていう以前に、みんなよかったなって気持ちが会場が充満するから、その上で笑いが爆発する。今回みたいな芝居は難しいですね、なかなかね。なかには、ちっとも笑えなかったっていう人もいますからね。でも、それはわかるんだなあ。そういう人もいて当たり前だと思う。
長谷部 難しいねえ、笑いは。
KERA 難しいんですよ。だからみんな逃げちゃうんですよね。
長谷部 逃げちゃうのね、最後シリアスな方へ変わっていくのね。
(中略)
KERA でもやっぱりこういうくだらないことって、年取れば取るほど、おもしろいじゃないですか。シティボーイズもそうですけど、もう白髪混じりのいい年のじいさんが、愚にもつかないことやっているっていうの、かっこいいと思うし。それはそれでやっていきたいですね。もちろん、それだけでやっていけるとも思えないんですけど。
(中略)
KERA 終末観っていうか、やばいよやばいよとかみんな言っています。周りの若者は。危機感はあるんじゃないですかねえ。(中略)今の世界は、急に第三次世界大戦が、どんどんリアルになっている。いよいよかもしれないっていうのがあるのかな。
それは、戦争とかだけじゃないかもしれませんね。携帯電話とかも、昔は夢みたいなものでしたよね。夢として抱いているときは、それが実現したとき、すごく幸せになると思ったんだけど、いざ実現されてみると、ただ実用化されて普遍化されてくだけ、生活に取り入れられて終わってく。昔はね、そんな外に持ち歩ける電話なんてあったら、どんなに便利で、そんな便利なものがあったらすごく毎日が幸せだなって思ったけど、今、そんな携帯電話があって幸せだって思ってる人はいないでしょ。普通でしょ。
KERA 僕の芝居よりも松尾さんの芝居観ていると、大人計画がものすごく受け入れられていることが、やっぱり時代を感じる気がするんですよ。昔だったら、確かに笑えるんだけど、なにもヘヴィーなシチュエーションを下地に敷いて、笑う必要もないんじゃないか、せっかく劇場来てるんだからって感じでした。それが、今はすごくリアルに感じられてるんじゃないかな。一方では劇団☆新感線みたいに無邪気な笑いを楽しもうっていう観客もいるんですけどね。下ネタなんかもそうですよね、ごく普通に女の子が笑う。昔はおかしいなと心の中では思っていても、絶対恥ずかしくて笑わなかったはずの人たちが、みんな平気で笑うし、いろんなことが変わってきてるなと思いますね。(中略)残酷ネタでもそうですよ。近親相姦ももちろん描き方ひとつなんですけども、タブーとされるものがすべて排除ではなくなってきてますね。みんなの生活の中にそれはあるんだ、生きてく上でそれはあるんだということを、みんな見ようとしてるというのがあって、それはいいことじゃないかと思うんですよね。まあだから、そう考えると、80年代の演劇の方がはるかに無邪気だったという気がします。
長谷部 テーマは深刻そのものでしたけどね。
KERA で、何かほんとにシリアスにそういうものを受け止めている舞台も当時あったんでしょうけど、それはアングラなり新劇なりで、エンターテイメントとは離れたところにあった。今はエンターテイメントしながら、タブーを描いていることが割と普通になっていますよね。だから僕らはやりやすいですよね。やりやす過ぎてちょっと気持ち悪いという感じです。
全文読みたい方は長谷部さんのHPへ。
http://www.theatergoer.jp/
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