「パンドラの鐘」(蜷川Ver.)
「賭けをしましょう。
いつか未来が、この鐘に触れずに、あなたの魂に触れることができるかどうか。
滅びる前の日にこの地を救った古代の心が、ふわふわと立ち上る煙のように、
いつの日か遠い日に向けて、届いていくのか。
あなたは、古代の心は、どちらに賭けます?
俺は・・・・・・・・・・・“届く”に賭けますよ」
1999年。
作:野田秀樹
演出:蜷川幸雄
CAST:大竹しのぶ(ヒメ女)、勝村政信(ミズヲ)、生瀬勝久(イマイチ)、松重豊(ハンニバル、男)、壤晴彦(ヒイバア)、宮本裕子(タマキ)、高橋洋(オズ)、森村泰昌(ピンカートン未亡人)、沢竜二(狂王、カナクギ教授)ほか
公立の資料館で二度見た作品。
一度目は何も見ずに真っ白な状態で。
二度目は戯曲を手に持って蜷川さんの演出の仕方を勉強しながら。
今回、三度目の再見。
私という人間は野田さんの提示してくるものには「鈍い」ような気がいつもしている。
野田さんに才能があるのは分かる。
でも、自分の備え持っている感覚ではさほど共感しないしあんまり分からない。
つまり自分の中に、野田戯曲を理解する「感情の公式」を持っていない。
だから、こうかなぁ、ああかなぁ、と理屈であれこれ想像するしかない。
それを踏まえた上で、私でも分かること、私が考え付いた範囲のことを書いてみたい。
野田秀樹の書く戯曲は着地点が見えないほうが面白い。
逆に言えば、先が読めてしまうと楽しみが減ってしまう。
その点で言えば、「パンドラ」は終盤まで着地点が読めず、刺激的だった。
「パンドラの鐘」は、いつかの時代のどの場所とも知れない古代王国の物語だ。
それと同時に、太平洋戦争時の日本(あるいはアメリカ)がフラッシュバックする。
タイトルにもなっている「鐘」が、昔と今をつないだ時・・・
・・・ネタバレになるが、
端的に言うと、パンドラの鐘は長崎に落とされた原爆である。
古代王国の原風景は未来の日本の長崎という町に重なる。
1945年の8月9日。
そして物語を引っ張る「ミズヲ」という名の葬式屋の男。
ミズヲというおかしな名前が
「ミズヲ」・・・「水を」へと繋がった瞬間に野田戯曲は輝きを放つ。
大竹、勝村、松重、生瀬らが素晴らしいのは言うまでもなく、
壤や森村の好演も印象に残っている。(敬称略で失礼致します)
爆発音で終わるラストは不気味で恐ろしく、美しい。
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